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もう一度、桜が咲く頃に

ひと目ぼれなんて言ったら大げさだけど、気が付いた時には、既に夢中になっていた。

長身で、、スラリと伸びた手足。切れ長で、少し吊り上がった目元。

紺色のスーツに無地のネクタイ。

いつもと変わらない授業風景。

彼は壇上で、声を張り上げ、熱心に数式の説明をしている。

熱心に耳を傾けノートを取る者、退屈そうにぼんやりしている者。

クラスメイトたちは、それぞれの形で、私の大好きな人の授業を受けている。

 「それでは問いの答え合わせをする。問1は・・・・瀬戸! 答えなさい」

 私は先生の美声をうっとりと聞いていた。

 「瀬戸! 瀬戸! 聞いているのか?」

 先生は先程よりも声を荒げた。

 「綾、アヤ! 当たってるよ、問1!」

 斜め後ろの席から、親友の直美が忠告する。

どうやら私は先生からご指名されてしまったみたいだ。

あんまり熱心に先生を見つめるものだから、先生に、指名してほしいと勘違いされたのかもしれない。

でもそんなこと、先生を見つめる日々が始まってからは日常茶飯事だった。

けれど申し訳ないことに、私は数学が苦手だ。

数学を教える先生は好きだけど、数学は嫌い。

だから真面目に問題解きなんてする訳もなく、授業中は先生観察に力を注いでいる。

真っ白な自分のノートを前に、まごついている私に向かって、先生は言った。

 「なんだ。瀬戸、出来てないのか? 仕方ない。じゃあ、鈴木!」

 先生は見当違いだったかのような物言いをし、他の生徒を指名した。

私は安心して先生観察を続けた。

 いつからだろう。

こんなにも先生のことを好きになってしまったのは。

私はぼんやりと回想する。

 桜が咲く頃。

新学期が始まり、クラス替えやら進級で、淡い期待感に、胸を躍らせる生徒たち。

体育館にすし詰めにされ、永遠に続くかと思われた校長の話が終わりを迎えた。

そして、やっと解放されるかと思ったそのときだった。

司会の教師が、ざわつき始めた生徒たちを静め、声を張る。

 「えー、今日から1年間、産休の鈴木先生に代わって、数学を担当してくださる先生を紹介します」

 生徒たちは一瞬どよめいた。

そのどよめきが静まったと同時に、壇上に現れたのが先生だった。

 「鈴木先生に代わり、数学を担当することになりました。村木永一です。
一年間という短い期間ですが、よろしくお願いします」

私は壇上から遠く離れていたので、先生の姿は指人形みたいに小さかった。

だから、くっきりと容姿を確認することはできなかったけれど、低く響く声は、とても心地がよかったのを覚えている。

 始業式から数日経った、ある日のことだった。

今学期初の数学の授業。

始業チャイムと同時に、ガラリと扉が引かれ、現れたのが先生だった。

私はその瞬間に恋に落ちた。

長身、細身、低くて心地良い声。

全て私の理想通りの人だった。

 どこからか終業を知らせるチャイムが聞こえ、私はゆっくりと現実に戻る。

先生は教卓の上に散らばった教科書やらノートを片すと、そそくさと教室を出て行ってしまった。

今日一番の、私の楽しみは終わってしまった。

ぼんやりと外を眺めてみる。

茶色のグラウンドを取り囲む木々は、ついこの間まで裸で木枯らしに吹かれていたのに、

今はもう新緑の葉に覆われている。

季節はめぐり、再び春を迎えようとしていた。

けど、私はもう、春なんて来てほしくない。

もう一度、春が来たら、先生が離れていってしまうから・・・・

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